喜多桐スズメのニューおろおろ日記

漫画家・イラストレーター喜多桐スズメの日々雑記

老婆はそのときばか力を発揮した

f:id:suzume-kitakiri:20190112171141g:plain夕方の山手線に乗っていました。
土曜日の夕方なので、平日のようなラッシュではありませんが
そこそこ混み合っています。

 

私はつり革につかまって立っていました。
私の前の座席には、5才くらいの孫らしき男の子を連れたおばあちゃんが
座っています。おばあちゃんは70才は超えているでしょうか。
男の子はおばあちゃんに寄り掛かるように熟睡しています。

 

身なりのいい上品そうなおばあちゃんですが、
小さい子どもを連れてのお出かけで、疲れているせいか顔色がとても悪い。

 

そのうち下車する駅が近付いてきたようで、おばあちゃんが孫の名前を
呼びます。「ヨシノブちゃん、降りますよ、起きて下さい。」
熟睡中のヨシノブはぴくりともしません。

どんどん下車する駅が近付いてきます。
こんどは孫の肩をゆすりながら名前を呼びます。
「ヨシノブちゃん、ヨシノブちゃん、降りますよ、駅ですよ。」

上品なおばあちゃんは孫の揺さぶりかたも上品です。

身長、約120センチ、体重20キロ以上はありそうなヨシノブ
そんな上品な揺さぶりかたで目を覚ますわけがありません。

そろそろ電車はホームに滑り込もうと減速を始めます。
おばあちゃんのヨシノブに話し掛ける声もそろそろ
本気であせってきています。「ヨシノブちゃん!ヨシノブちゃん!」

私の乗ってる車両の人ほぼ全員が、ヨシノブに注目しています。
けれどヨシノブ曝睡中

 

山手線の中心でヨシノブと叫ぶ、おばあちゃん。

おばあちゃんの左腕には本日のお買い物がぎっしりのショッピングバッグと小さい子どもと移動するには欠かせない荷物の数々が腕がちぎれんばかりにぶらさがっています。

 

ああ、これはおばあちゃん、ヨシノブをだっこして電車をおりるのは無理だわ。
若い親でもこの状況はきついはず。

まして、疲れが限界に達しているお年寄り。

だらんと人形のようにおばあちゃんにもたれかかったままのヨシノブは
電車のトビラがぷっしゅ〜ん、と開いてもついに目を醒ましませんでした

 

私が(ひょっとして他の乗客も)、おばあちゃんに手を貸そうとした瞬間、
ヨシノブの両脇をかかえもうしわけありません、降ります降ります!
と混雑した車内を猛スピードで走り抜けていくおばあちゃん。

走り抜けるおばあちゃんの前に自然に道ができます。
モーゼの十戒のようです。

 

寝ている子どもは、ほんとうに重いぞ、おばあちゃん。
なのに、なぜ、どこにそんなパワーが!

 

ぷっしゅ〜ん、と電車のトビラが閉まると何ごともなかったように山手線は
渋谷方面めざして走って行きますが、車内には、なんだか妙な緊張感だけが
残っていました。

 

おしゃべりをする人はほとんどおりませんでしたが
みな、一様に心の中ですっげ〜、と叫んでいたことでしょう。