喜多桐スズメのニューおろおろ日記

漫画家・イラストレーター喜多桐スズメの日々雑記

立って食う。

孫が家に居る。

傍若無人なお子さまが家に居る。

子どもは色々、気が抜けない。人に進化する過程で無茶をやらかしてくれるからだ。

ニュースなどで、子どもから目を離したすきに事故に遭ったり連れ去られたりの報道、目にしない日はない。

 

で、子育てに関与してこなかった人たちから「子どもから目を離しちゃダメでしょ」なんて不可能な意見が出る。おいおい、子育てする立場の人間は360度完璧でなきゃ、許されないのか。

それは己の子ども持っていようがいまいが、実際、子育てに少しでも携わったならわかる事実がある。

 

座って、飯を食う余裕がない。

 

 

いや、ね、大人が立って飯を食うなんて、教育的にあらあらどうかしらって思う人もいらっしゃるでしょう。

でさ、孫には「はーい、お座りしましょうね」「ちゃんと座ってご飯食べてエライですね」なんて、正しい人の道を教えるわけですよ。

で、赤子に正しい道を教える大人は、立って飯を食う訳ですよ。

もおね、子どもに飯を食わせてクタクタで、自分の食事はスタンディング。かきこむのですよ。飯を。

 

自分の子育ての時を久々に思い出します。

子どもたちが小さいころ、座ってのんびり食事をした記憶がない。

いま、ばあさんになって、あ、子どもが小さいころのんびり飯食った記憶がない、って思い出す余裕があるのですよ。その頃は自分を見つめる余裕すらないのですよ。

で、孫が、先月亡くなったワタクシの母の霊前にお供えしているグレープフルーツを持ち出して積み木を始めました。

 

叱ろうかなどうしようかな?などと逡巡するの。

私の母がどう言うか考えると「ひ孫がグレープフルーツで楽しそうに遊んでるからエエやん」って、絶対言う。ので、叱らなかった。

 

で、孫がフルーツをバンっ、って床に投げつけたときに叱りました。

「ダメでしょ!」って、で、分かってくれた孫。

フルーツ積み木は良いけどフルーツボール遊びはアカン、食べものだからね。

ってか、人の常識はそれぞれなので、霊前の供物を持ち出す子どもを叱らないんてどうにかしている、って思う人もいるでしょう。

 

いや、何が常識かなんてわからないのですが、自分の「OK」に従うしかないのでしょう。

 

 

最近、同じ場所から定点観測している富士山。

天気によって表情の違う富士。

 

でもやっぱ、菩提寺から見える富士は最高に美しいのでありました。

信仰の厚かった葛飾北斎は寺院参詣の道中で見る富士の風景を描いたのが富嶽三十六景で、まさにこのアングルなのだと、菩提寺のご僧侶さまから聞きました。

北斎のことよく知ってたつもりでも、知らないこと多いね。

北斎と同じ富士を見ている。絵を描く人間にとって、なんという幸せ。

 

49日を過ぎたら、北斎も愛した富士の傍でワタクシの母も眠るのです。

 

👇北斎漫画ではなくキタキリお漫画。

renta.papy.co.jp